蔡中華民国総統就任の日に
この撮影記の結語として
2016年5月20日、台湾・中華民国蔡総統就任式で開かれた。一連の式典の後、蔡総統による施政方針演説が行われた。
私は東京の自宅で民視新聞台のインターネット放送でその演説を聴いていた。
総統は基本方針を簡潔に示していった。その中から注目点を上げてみよう。
まず社会保障制度の抜本改正である。日本と同じく少子化が進み、高齢化問題が深刻化している。その中で長期失業者の激増(4月初旬、台北郊外で少女を通り魔殺人した24歳の青年もまた長期失業していた青年だった)、さらに再開発で住む家を追われる高齢者も増え続けている(台北市市長は6500戸の市営住宅建設を発表した)。そういった中で弱者に対するサポート力が脆弱な年金制度などの改革を積極的に行おうということである。
同時に産業特区を積極的につくり、産業力を高めることも明らかにした。これは中国依存が強い台湾の産業の中国大陸からの自立を目指す動きを示すものである(台湾の長期間の不況は中国大陸の経済的波乱が要因になっている)。
そして国際問題。注目すべきは対中国政策は特別には触れず、民間はもちろんのこと、NGOなどを含めあらゆる形で海外との交流を進めることを明らかにしたものだ。ただし、対中国では現状維持で行くとしている。つまり日本の一部マスコミで報道しているように大陸と台湾の間で確認した1992年合意(一つの中国を最終形態として目指す)を完全否定したわけではない。あくまでも対等な関係を目指し、相手の動きを見るという表明である。この点を見誤ると大陸強国政権の思うとおりに情報コントロールされることになるだろう。
社会民主主義を目指す民進党らしい施政方針である。ただこの後、大陸中国の様々な恫喝、圧力が活発化するだろう。でも、今から120年前、清国から切り捨てられ日本領有になったとき、台湾民主国という先駆的な国家理想を求めた知識人と、その後、郷土の保全のため共同体全員が征台日本軍に抵抗する武装蜂起に参加した人々の末裔である(台湾総督府警察沿革誌によると、その全員が匪賊と称されているが)。圧力に対しては、台湾人の強靱な意志で跳ね返すと確信している。
とは言っても単に私は福佬人系出身の父(昭和33年に日本に帰化しているが、台湾人意識と皇民化教育による日本人意識が混在していた。ただ父は台湾は故郷でも、中華民国を母国とは思っていなかったようである)を持つ日本人(諸般の事情で、私は昭和33年に日本国籍を取得するまでは無国籍者だった)であり、定住者でもない。あくまでも戒厳令下に訪台した際の強い記憶、戒厳令解除後の台湾訪問から始まる何回かの台湾訪問・取材で感受したことと、メディアからの情報とを統合した結果であるに過ぎない。その意味では、今回の取材で感受したことも、台湾で何世代も過ごしている台湾人(ましては客家人、台湾原住民とはさらに大きい)とは異なっているかも知れない。だから、今回のレポートもその分は差し引いて見て欲しい。
ただし、正常に時代が変わる際の民衆のパワーを今回の取材行で感じたことは紛れもない事実である。この写真レポートを見た日本人の人々にお願いしたいのは、民衆のパワーは少しずつ蓄積され、大きなパワーになるということを少しでも感じて欲しいということである。
さて、今回の撮影の投票結果である。
台湾中央選挙管理委員会の発表結果である。
58%だと当初発表された投票率は最終的に66.27%である。ただ、前回の総統選挙でも74.38%でも低投票率だと言われたので、やはり低率であることは明らかだ。その理由は、あくまでも民進党の優位があまりに鮮明だっただけに過ぎない。その意味では、台湾人は選挙に対し、高い関心を維持していると言えるだろう(20歳前後の若者たちと話すと台湾で戒厳令がしかれていたことを知らない者も中にはいるが)。
総統選での投票率を示しておこう。
民進党側は全体の56.12%、国民党側は31.04%、親民党側は12.93%。
日本で言えば比例区である全国不分区での投票率に関しては下記の通りである。
民進党は44.0598%、国民党は26.9148%、親民党は6.65203%、時代力量は6.1543%、綠党社会民主党連盟は2.527%、台連は2.5076%である。
さらに区分区では、以下の通りである。
台北5区では当選した林昶佐氏は49.52%、国務大臣だった林郁方氏は45.58%だった。激戦だったことが窺える。
新北市6区では、民進党候補が52.61%、国民党候補が39.15%。新北市7区では民進党候補が53.61%、国民党候補が39.84%。この2区では当初から勝負が決まっていたため、7区での国民党系運動員の活気のなさの理由が分かるような気がする。
他方、新北市12区では時代力量の黄候補52.52%、国民党候補側は43.71%だった。大差ではあるが、国民党の底力を感じさせる。
国民党では総統選挙後、混乱が見られたが、その後、台北市(地方都市ではやはり台北市のニュースが圧倒的に多い)議会での国民党系議員、立法院関連での国民党議員の発言を見ると、若い世代の明確なアピールが顕著だ。そこには大敗により加速された「世代わり」も感じられ、自力での巻き返しの可能性もあるだろう。ただ明白なのは大陸政権の過剰な支援はかえってマイナスである、ということである。中国共産党が考える「誤りのないイズム」は健全な民主主義には暴力にしかならないからだ。
最後になったが、今回の撮影で、快く撮影に応じていただいた台湾の人々に心から感謝する。そして台湾の健全な発展を心からお祈りする。
撮影・取材・構成 伊東重明 ご意見・ご連絡はメール(info@ito-is.jp)で。
topページにもどる